松尾芭蕉という男は、お稚児役の歳頃などとうに過ぎているくせをして、貫くよりも貫かれる方が好いらしい。
そのくせ前の方も使って、女、男とそれぞれ相手にしてきたという。女に張り型で貫かせたことだけはさすがに無いともいうのだが、つまるところ、そのほかはすべてを済ませているということになる。
さて、彼がどのようにして同性を相手としてきたものか、河合曽良がその性癖を詳細に知ることはない。しかしながら『そういった』関係へ至るにあたって、芭蕉の方から語る言葉のなかったわけでもない。
曰く、ひとつめ。前も後ろもとうに済んでしまっているから、行為へ及ぶ分には大概、構うまいということ。
曽良は師に対して貫く側であることを譲らなかったのだが、嫌な顔をされるということは特になかった。君がそちらを望むのならば、と。
曰く、ふたつめ。それでも今は君だけになるよ、とも。
しかしひと度、行為にあたれば解ってしまった。彼の肛腔は、これから暴かせ学ぼうという稚児役のそれではない。ほぐれ方から受け入れることまで知り尽くし、思い起こすのに快楽すら伴うのであろう、とろけた孔だった。
事実、曽良の手によって開発してやる必要などなかったのだ。一度目の行為はやや乱暴に、少しばかりの血液を伴い、しかしながら昂揚のうちに終った。
出血の後始末を自らで済ませて、芭蕉は笑ったものだ。次はもうすこし優しくしてくれよ、などと。
何はともあれそこから始まり、繰り返してきて、たった今。
彼のそういった性質をとうに承知であるゆえに、曽良は手早くことを進める。
必要を極めたばかりの前座は、獣のそれにも近しくある。
と、そうはいっても獣とて、要される以上の行いを為すことはあるものだ。興奮に誘われれば、印づけをすることもある。
時折のことではあったが、芭蕉の太股の内側へと吸いつく行為は曽良のお決まりのひとつであった。
歯形を残すこともある。唇をよせると吐息があがり、歯をたててやれば、くぐもった声色があがってくる。痛みを訴えるつもりでいるのだろうか。
その中心はびくびくと上を向き、興奮に湿ったままであるというのに。
「好きですね。痛いのが」
「ち、ちがう、けどっ」
「違いません。だから、痛くしてやっているんです」
そのつもりで、こうしている。曽良の指先が、芭蕉の肌の痕を撫でた。
『君だけになるよ』。それを真実とするならば、痕を確かめる指もまた曽良のものひとつということになる。
そうであるべきか。そうであるべきと思うか。
曽良自身にとっても、よくは解らぬところであった。
先端を指の腹で擦ってやると、師の鳴き声は途切れずに漏れた。もう既に一度は達しているのだというのに、芭蕉はこういった場面となると無駄な体力を発揮してくれる。
そのとき射精されたものは彼の肛腔に塗りたくってある。未だ乾かず、芭蕉は孔を濡らしたままでいる。
曽良の指先が太股に触れるたび、陰茎にかするたび、その孔はきゅうと力を込めて空気を締めつけた。
「こじ開けられたいですか。ここ」
すると芭蕉は身を捩りながらも、耐えきれぬ風にこくこくと頷く。
どこまでかは余興か。それとも実にいやらしい男であるゆえ、すべてが本音のそのままなのか。
「どうやって?」
「え……ぁ」
「どんな風にして欲しいんですか」
「な、なんでそんな、わざわざっ……」
わざわざ。
そうかも知れない。わざわざこのようなことを問うのは、それはそれで余興じみているのかも知れない。曽良らしからぬ物言いかも知れない。
それでは、芭蕉は。かつての誰か、曽良ではない誰かにも、このような戯れを為されたものであろうか。もしくは為したものであろうか。
「たまには、あなたの言うことを聞いてみるのもいいでしょう」
芭蕉の言葉は、とどまったまま。
「いきなり奥まで侵されたいですか。それとも、じっくりと埋め込む方が好いのか」
対して曽良はゆっくりと紡ぐ。彼に対して、漏れなく届き染み渡るように。
「て……丁寧に、して」
「なぜ?」
ついでに加えて問うてみる。
「曽良くんの」
返らなかろう、と思われた声は、しかしはっきりと返された。
「かたちが、解るように……」
舌打ちをひとつ。
(何のつもりだ、今更)
それとも、これが好き者のすること。そういうわけかと曽良は苛立つ。
ただ黙したまま、強引に太股ふたつを抱え上げ、身体を割り込ませた。己の勃起の切っ先を彼の入り口へとあてる。するとそこはひとつ蠢き、鼓動にあわせて膨らみ開くかのように、侵入の始まりを悦んでみせた。
望まれた通りにじっくり、ずぶずぶと埋め込んでいく。
「あ、あ、んあぁっ」
形ある愉悦があがった。芭蕉は声を出すことを好み、行為のうちにも普段と同様、喧しい。
熱にふるえて受け入れ包む粘膜を、擦るようにして緩やかに動く。
「ひ、あああぅ」
隙間なく慣らしていく。
「あ、はぁ……あァっ」
とはいえ元より慣れきっているこの男のことであるから、そのような気遣いも必要ではないのかも知れないが。
彼はその粘膜の奥側に、心地よい場所すら覚えているのだ。
(男のくせに)
その上、弟子のひとりであるところの曽良によって、いいようにされている。世の中からは神のようにも扱われているくせに。
「じ、らさ、ないでぇ」
こんな風にも、ねだってすらくる。好いところをもっと穿って気持ちよくしてくれと。
「挿れてやった、でしょう」
「ちが、あ、もっと、もっと奥ぅっ……」
曽良がどれだけ深いところを抉れるものか知っているから、下から導くように腰をくねらせ、寄せてくる。
薄ら汗をかく皮膚で、曽良のやや白い肌へと縋る。そうして芭蕉は勝手にまた、全身を震わせた。
「ね、届く、だろ……?」
「どこに?」
わざと改めて問いかけながら、それでも曽良は応えてやった。
上から被さり接触を深める。狭い粘膜のより奥へ、陰茎が埋まっていく。
「ひっ、ぁああア、はっ!」
すると好いところに触れた様であった。
縋る芭蕉の細い身体は、大きく仰け反る。
「ここ、に?」
またひとつ、穿つ。
「うう、ああぁッ」
「それとも、ここ」
もうひとつ。
「んンぅっ、あ、そこ……!」
曽良の両腕を頼っていた芭蕉の両腕は、衝撃の繰り返しに脱力していく。段々とほどけ、しかしそれでも辛うじて脇の下辺りを掴み直した。そのまま抱くようにして、再び縋る。
「もっと、っは……もっと」
「悦いんですか」
「あ、あ…………」
しっかりとした言葉には程遠い。
それは、肯定だった。
組み敷き、芭蕉を歓喜させることは、それに限れば曽良にとっても心地よいものである。
しかし腹立たしいものでもある。支配に近しく、完全には遠い。
達し方まで、彼はもう既によく知っている。弟子という立場にあるところの曽良は、このような関わり方へと至ってもなお、彼に対して教えるべき事柄を持たない。
こうまでも情けない男であるのに。俳句以外にはなにも無いはずの、芭蕉であるというのに。
そうした思いが曽良の内を嗜虐的に育てていく。
芭蕉が好いのだというところばかりを狙い、それでいて時には外すようにもしながら、孔の内を満たし続ける。
「ひゃっ、ああああ、ンぁあ! あぅッ」
師の鳴き声はとどまらなかった。曽良に覆われ、曽良を受け入れ、曽良へ縋りつきながらに腰を振り返している。ぐり、と回すようにして動きを変えると、声の調子も伴って変わるのであるから面白い。
そのうち、彼は明らかに音を上げた。
「あああイッ、もうイく、出るッ」
訴えに余裕が感じられない。心地は、ひどく悦いようだ。
「出る、でちゃうぅ、曽良くんッ……!」
何かをねだるような場面となると、この男はまるで幼児のような言葉選びをする。そこは普段と変わらない。
俳聖の片鱗を見せつけているときの彼と、たった今、我が身の下に腰を揺する彼。根底には差が無い。ただ、ひとりの男に過ぎない。
そうしてひとりの男と男が、絡み合うためだけの行為だ。
いずこかに。ここに。
「そう、ですか」
曽良が言葉で確かめてやると、芭蕉はぎゅう、と縋る腕を強めた。
応えるように、彼にとっての感じやすいところを今度こそ狙って幾度も穿つ。イく、イくとうわ言のように繰り返しながら、曽良を呑み込んだままの男はその肛腔を収縮させる。
しかしながらに、その直後。
達しかねないという芭蕉の様子を見計らって、曽良は埋め込んであった陰茎を切っ先も残さずにずるりと引き抜いた。
力任せに、あっという間に外してしまう。
すると、どちらの器官にも不似合いな微かに濡れた音が響いた。
「え、ぇ、あ……」
芭蕉の身体は痙攣を続けている。
構わず曽良は己の腕から、縋りつく彼の力みきれない両腕も、やや強引に振りほどいた。それから己の勃起した陰茎を指先にて支える。
射精は彼の、芭蕉の内にではなく顔面に対して行われた。