中に放ってやると後始末がどうのとぶつくさ言うくせをして、実際のところ、出されることを嫌ってもいないらしい芭蕉である。
まさか期待でもしていたものであろうか。いかにも達するつもりであったはずの彼の茎は、未だ勃起したまま震えている。顔面は粘つきにまみれて、表情を唖然とさせていた。
達しそこねた様だ。そうなのだろう、と、曽良は考える。
「出せなかったんですか」
わざとらしく問いかけながらも、指先を使って顔の汚濁の端だけを拭ってやった。そうすれば何をされているのかを自覚して、赤面するだろうかとも思った。
しかし芭蕉は頷かない。かといって、首を振ることもない。微かな絶望だけをたたえて、脱力しきれぬその身体を抑えることに集中している。
(なんだ。つまらない)
ひィという悲鳴のひとつでも出てくればいいのに。拭ってやったところを摘まみ上げてみようか、などと思案をしていると、見つめる先の芭蕉の身体はようやくぴくりと動いた。
その薄い唇が。一瞬の躊躇いの後、ゆるりと開かれる。
「ね、え、曽良くん。……も、もう一度」
「ああ?」
布団に尻をつけた状態である芭蕉を立ち上がって見下すかたちで、曽良は、何のつもりだとばかりに声をあげた。
「僕はもう達しましたが」
「でも、な、中に出して……な」
芭蕉の視線は、曽良の男根に向けられている。その勃起は再び、ただし半ばまで、既に成されていた。
「……そこまでしてやらないと、済まないんですか」
「あ、ぅ」
「ほしい? ……欲しければはっきりと言うことです。芭蕉さん」
ゆっくりとその名を、口に出してやる。彼が今度こそ自覚とともに、焦らされていくようにと。
それは曽良の無意識である。どのような状況にあろうが、この男、松尾芭蕉を追い詰めるための術を模索する。
「……ほしい」
すると返ってきた声色は掠れて力なく、悲鳴とは異なるものの、心地よく耳を通った。
「ああ……欲しいん、だ。もう一度、欲しい」
力の代わりに熱を帯びている。誘い込むための己のにおいを最大限に引き出そうと、そのような努力をしているのだろう。
河合曽良を捕食するべくに。
獣と対峙するかのような昂揚に伴い、曽良は呼吸をする。
「どうぞ」
そして獣と近しくあるのは、決して芭蕉に限った話でもなかった。
「尻を広げて、ご自分で埋め込みなさい」
曽良もまた同様である。芭蕉を捕食せんとしている。
生産性のないその行為は喰らい合いにも似ている。曽良は、芭蕉の意志も欲した。ただ貫くというだけではなく、実に誘わせてみたい。そうであるから上に乗れ、と求めるのだ。
それでは、芭蕉は。何を欲しているのであろうか。
底のない愉悦ばかりであろうか。
(この、快楽主義者め)
曽良は静かに、渇いて疼く唇を舐める。
「え、いや、でもっ」
当の芭蕉は明らかに狼狽した。
「できない?」
すかさず語尾をあげ、問い重ねる。
「根性なしには男の尊厳など必要ありませんね」
勃起のおさまらぬ芭蕉の陰茎に、指先で触れてみる。すると彼は全身を大きく震わせた。
「どうせあとは僕に突っ込まれて泣き喘ぐだけの人生でしょうから、いっそのこと失くしてしまえば……いや、弱点をとってしまうのは惜しいか……」
「……ッ」
息をつめ、ぶるぶると怯えてばかりいるように見せる芭蕉だが、しかし萎えてしまうような気配はない。寧ろ、達することを必死で我慢しているかの様にも思われる。
「どちらにしろ、もう、あなたの物ではありませんよ。これも」
包む真似をして弄ぶ。
「ひ、ぁ、やめッ」
「なぜですか。出したいのでは?」
耳元から、囁くように注ぎこむ。
「それとも、後ろでいきたい?」
続けて彼の上向きに震えるものを握り込んでやる。
そのまま一度、大きく扱いてみせた。
「やめて、あ、ぁ、堪忍してえッ」
曽良の指先が、先ばしりに濡らされる。
(ああ。実際、耐えているのか)
このまま達してしまっても、本当の意味で感じ突き抜けることは叶わぬと。自分自身で理解しているから、溺れるように悶え堪えるのだ。
「そうですか……どうしようもないですね」
馬鹿にした声色でもうひとつなぶってやる。
すると、それを押し返すかのような言葉が返ってきた。
「するっ、するからッ」
「なにを」
「じ、自分で挿れる、からァ……」
音色はいっそうに、恍惚としていく。
手慣れた様子ではなかったものの、やり方を心得ている風ではあった。
布団の上に腰をつき、勃起を晒してやった曽良の上に、芭蕉の貧相な身体が跨がる。捩りながらに、狙いを定めているようだ。
したことがあるのか、させたことがあるのか。やらされたのか、やらせたのか。定かではない。曽良には解らぬ経歴であるし、問うてみたこともない。
目前の芭蕉は、小さく息をついた。入り口に指をやった様子である。自らでこじ開けているのだろう。
そこから、少しずつ少しずつ全身ごとを、ついた膝ふたつで支えながらに低めていく。
芭蕉の孔が曽良の陰茎をぎゅうと挟んだ。かと思うと、そこはまるで息を吸い込むように蠢き開いて、ずぶりと呑み込み受け入れにかかる。
「うぅっ」
声があがった。曽良の方は、息をとどめることによってそれを堪える。
陰茎は重力に従い、そのままゆるゆると隠れていく。銜え込みながらも芭蕉は、がたがたと震えた。頬は紅潮している。
「あ、あ、そ、曽良くんの……入っちゃう、入ってくるッ」
「くだらない、ですね」
短い呼吸を繰り返し、曽良の方も、確かに芭蕉のうちへと吸い取られていた。
「そんなに……いいですか、芭蕉さん」
「くぁ、だめ、ぁ、かたい……!」
「駄目なら、抜いたらどうです」
曽良がかるく腰を揺さぶると、乗り上げている芭蕉の影もぴくりと揺れる。
「ひ、だめ、抜けないっ」
その声色はひどく上擦っている。
「抜きたくない……ッ!」
「そう、ですか」
そして、曽良も。また息をつめる。
芭蕉は、自ら腰を揺すろうと試みている様であった。
しかしどうやら思う通りにいかないらしい。中心を勃起させだらしなく濡らしてはいるものの、沈んだままの曽良が動かないので、焦らされて苦しんでいる風だ。すすり泣くような喘ぎ方をしている。
曽良はその光景を一通りに楽しんだ。
それから、暫し見計らい、不意を狙って突き上げてやる。
「あ、あああぁ」
すると歓喜を隠さぬ、かん高い声が響いた。
そのまま無理に揺さぶるようにして突き続けると、芭蕉もまた両腕で曽良の首を抱いた。布団に膝を擦りつけながら、腰をくねらせ振って返す。
薄い唇は涎に濡れている。痛みを訴える言葉などは、微塵も漏れて出てこない。
愉しんでいるのだ。彼も。
気まぐれに調子をかえながらも、繰り返されてその行為は続いた。
汗の湿りと吐息ばかりが混じり合う。曽良が時折に小さく揶揄などすると、芭蕉は堪らないといった様子で肛腔を締めつける。
そうしているうちに、やがて芭蕉は、今度こそ全身へ力を込めた様子で向かい合う曽良に縋った。がくがくと不安定に痙攣する。
「あああイく、イくっ、曽良くん、きもちッ、曽良くんのでイっちゃ……! あ、う、うぅっ」
まったくもって喧しい。と、叱ってやる余裕は、曽良になかった。
収縮は曽良のことをも引き込んで渦巻く。
芭蕉の陰茎から精液が溢れ噴き、曽良もまたほどかれて、今度は彼の内へと放ってやった。
「ひ、い、いぃ……っ」
曽良を掻き抱く貧相なからだは、力を失っていきながらにもその腕を離さない。そうしたままでびくびくと、震えることを繰り返す。ああ、あぅ、と漏れて出るのは、なおも恍惚として喘ぐ彼の呼吸であった。
その茶色い短髪を右手に絡め、引っぱるようにして、曽良はひとつだけ口づけをする。唇を割って舌を深め、芭蕉の上側の粘膜を幾度にも嬲った。
暫しの蹂躙の後、剥がしてやる。
すると互いの双眸がぶつかった。
髪の毛と同様に、曽良よりも色素のうすい瞳。ひとの身体のなかでも、そこだけは歳をとらぬのだという。ぼんやりと涙に濡らされていた。
そして、ほかは老いている。緩く衰え、力なくして、それでいて曽良に汚されている。皮膚に痕づけられ、においを移され、喉から声を絞られて、非生産的な行為に及ぶ。
(さて。僕はどうして、これを汚すのか……)
意識のしっかりとはしていない様子で、目前の芭蕉はしかし、曽良のことを。真っ直ぐに、見ている。
不意の瞬きのすぐ後に、濡れた唇から紡がれる言葉があった。
そら、くん。
彼のものだ。
行為の残り香は段々と薄まり、既にもう拡散しつつある。
やる気のない手つきでのろのろと後始末をしながら、芭蕉はやや恨みがましくに呟いた。
「君はこういう時にも醒めて見えるよね。まったく」
そうだろうか。そうだろうなと流されるように考えてから、曽良は応える。
「そうですね」
芭蕉が何を求めているのか定かではないが、それは仕方のないことだ。
「期待なんか、しないでください」
この僕に、と。続けるまでもなく、芭蕉は少しばかり声色を荒げる。
「期待なんかしとらんわっ」
「そうですか」
「むしろ頑張ってるんだぞ、私なんて。君のためにっ…………君がそれっぽく感じた顔してくれたの、抜きたくないって言ったときだけだったけど……」
言葉が進むにつれ、訴えは小さくなっていった。
暫し沈黙の時が流れる。
過ぎてから、曽良は無言のまま、立ち上がって芭蕉を蹴りとばした。
「おごッ! な、なんで蹴るんッ……ちょ、お腹ごぷって今、漏れたよこれ! こういう時ぐらい素直に優しさってもんを見せんかなァもう!」
師は更にわめく。まったく本当に、こういう時ばかりは体力のあるものだなと、改めて考える曽良である。
聞き流しつつもまた無言、再び布団の上へと腰を降ろした。
少なくとも、もう一組は布団を敷かねば眠ることができない。しかし、何とはなしにやる気が起きなかった。
「芭蕉さん。僕に期待なんかしないでください」
「しとらんけど……」
「しないでくださいね」
「しないっての! このッ鬼畜俳人!」
その叫びに返さず、曽良はふいと横を向く。
仕方のないことだ。
曽良という男は曽良のほかの、優しいような何者でもないのだから。それでいて芭蕉に痕づけ、においを移し、喉から声を絞り出す。
だから、仕方のないことだ。
それこそが、曽良というもの、この行為。
そして芭蕉は、そうであるということを理解している、つもりらしい。そのくせに煩くするのだけれど。
ああ、期待など、どうぞしないでください。あなたのそんな感覚で。
せめて、そうした空気の読み方ぐらいは期待しますよ。僕という人間も。
「期待をするのなら、僕ではないお相手にどうぞ」
すると芭蕉は、むっとした調子で返した。
「なに言うんだよ」
放り投げられたままの着物や下帯に囲まれ、全裸をどろどろに濡らす男がふたり。
実に滑稽な現ではあったが。
「だから君以外、いないんだっていうのに」
「…………」
その言葉が曽良に、億劫な現状を忘れさせていく。
「ああ……そう、ですか」
ぼんやりとした返事はそのまま、何処へともなく吸い込まれていく。
構うまい。彼の耳へと届きさえすれば。
こんなにも近しくあるのだから、聞こえなかったということはないだろう。
布団に腰をつけたまま、曽良はゆっくりと瞼を閉じる。
それにしても腹立たしい愉しみだ。
歳のいった好き者の、開発のやり直しだなどというのは。