『悪気は無かったんだよ』。
嘘つき。
本当はちょっとだけあって、それでも、人ほどにはないんでしょ。
「君が通報しなかったら、通報するひとはいなくなるのにな」
誰かがするわ。
「そうしたら僕だって満足できて、通報されるようなことはもうやめるかもしれないのに」
そうかしら。誰かがするでしょうよ。
「やめるはずもないわね」
「そうかなあ」
教室の中にはふたりだけ。
みんながみんな平気な顔をして、こいつのことをひとりにしておくから。危険だなんてとっくに解っているはずなのに、愛想よく放っておくから。
まったくもって、私がいなかったらどうだっていうのかしら。
事件が起こって、起こって、起こって、それが終わらないだけじゃないの。誰にも笑えないわよ。
「ねえ、そろそろ帰らない」
「いいけど。何も盗ってないでしょうね」
「取ってなんかないよ。ほら見てよ、この潔白ぶり」
「見えないところに隠してないかしら」
「ないよ。ほんとだよ」
そうね。あんたは、隠さないんだったわね。
それって美学なのかしら。自分のおかしさを見せびらかすみたいに、人のものを晒して得意げでいるの。
いつでもひと目で解る場所。美学だとしたら、本当にばかなやつ。
今日は何も盗っていないみたいだけれど、放っておいたらこれから盗って帰るかもしれない。
クラスの女の子の半分は、机の横の手提げの中へリコーダーをさしたままなの。こんなやつがいるっていうのに、みんなおかしいわ。
まあ、そうだったとしても一番におかしいのは、こいつ自身なんだけれどもね。
それじゃあ、私は。
どうなのかしら。おかしいのかしら。
「変なことはしないよ。だから、もう帰ろうよ」
「するじゃない」
「しないよ……いや、百歩ゆずって『する』と仮定してもだよ。いま、君がいるんだから出来ないよ」
嘘つき。
あんたはするじゃないの。私がいても、いなくても。
ふたりで校門をくぐって下校する。
このぐらいの早い時間に、しかも二人っきりでだなんて、そういえば随分と久し振りだった。放課後には校庭を使って、クラスのみんなで遊んでから帰ることが多いから。
そう、私たちのクラスは、放課後の時間にはみんなで遊ぶ。1組は仲がいい、って先生たちも褒めてくれる。
まったく確かに。こんなのが溶け込んでるんだから相当よね。
そもそも、学校に私物を置かせようっていうのが良くないのよ。
だからこいつは教室に釣られる。それらがなければ。
いいえ、でも、それらがなければ、こいつ学校に来ないかも知れないわね。そっちのけで、人様の家々を飛び回るかもしれないわね。
ああ、そうか。学校は村の平和を護っているのね。どうせ必ず罪を犯すところの、こいつから。
そうして学校の中でも外でも、こいつの悪事を一番に見つけるのは、いつでも私。
だからって。だからといって、私がいなかったら、なんだっていうの。
「ニャン美ちゃんちの方角によろうとも思っていたけど……なんか携帯を構えているから止すよ」
「あんた、いい加減にしないと来年も同じクラスにしてもらうわよ」
「今更なんだよ。四年間ずっと一緒じゃないか」
「じゃあ、席も隣ね」
「今更なんだよ。四年間、ずっと隣じゃないか」
違うでしょ。幼稚園の頃からよ。
隣じゃないのって、クラスとそれから家だけね。特にクラスは、そうね確かに、ずっと一緒だったから。
そしてあんたは昔っから変態だったわね。ぬいぐるみのように大人しくしてなさいって言ったら、大人しいまま愚行をはたらくんだわ。
「まあ、それはともかく。先にあんたの家に行くわよ」
「べつに、別れてから帰るまでの間に変なことなんてしないよ」
「あんたはするじゃない」
「まいったね。この信用のなさ」
するわ、あんたは。
息をするみたいに。きっと、私がいなくても。
「明日が楽しみだなあ。体育の授業があるよね」
「携帯を念入りに充電していくわね」
「そんな! 僕は健全な発想から、体育の授業に期待をしたまでだよっ! お年頃の小学生男児として……」
「やっぱり、あんたはするじゃないのよ」
だから、私がいないと。
ああ、いなかろうが、どうにでもなるのかもしれないけど。
「それに私、通報するのが好きなの」
「それってあんまりにも子供らしからぬ趣味だと思わない。うさみちゃん」
「あんたにだけは言われたくないわね」
だいたいクマ吉くん、通報されるようなこと、いつでも私に解るように『する』んだから。
あんたの悪意って、笑えて仕方ないのよ。
悪気は無かったんだよ、だなんて。
うそつき。
本当はちょっとだけあって、それでも、人ほどにはないのよね。
それがあんたの楽しみなんでしょう。