とある晴れた、日であればよかったというのに残念ながら曇りがちである昼下がり。芭蕉は曽良を伝説の木の下に呼び出していた。



「いや、伝説の木っていうかただの桜の木なんだけど……見頃をちょっとだけ過ぎた」
「しかしこの木には本当に伝説があるらしいですよ」
「ど、どんな?」
「このただの桜の木の下でこの時期に愛を告白しようとすると、必ず鼻水が出るのだそうです」
「それただの花粉症じゃない。曽良くん」

 しかし本題は一向に開始の気配を見せない。

「そして桜の花粉には興奮を誘発する物質が含まれているようですね」
「なるほど……桜に狂う、なんてよく言うけど。あながち単なる例え話でもないんだな」
「その一方で香りには不安感を取り除く効果が、花弁には二日酔いを緩和する効果があるそうですよ」
「なんだ。なかなかどうして良いところもあるんじゃないか」
「……芭蕉さん、本題はまだですか」
「……君から先にト○ビアみたいなことを言い出したんだろ!」
 更に本題は一向に開始の気配を見せない。
 これではまずいと思い直した芭蕉は、ひとまず咳払いをひとつ挟んで自らのリズムを取り戻した。つもりになった。


「そうだ、曽良くん。私の言いたいことは、まさしく今の会話の流れの中にあるんだよ」
「そうですか。伝説によると桜の木の下には……」
「コワい話に入ろうとすんな! 夏にやれ、あっやっぱり夏でもヤメテ! ……じゃなくて曽良くん、これだよこれッ」
「どれですか」
「さっきからずーっと私の方がツッコミ役をしてるじゃないか!」
 皺のある指を自らへぐいぐいと向け、指し示す芭蕉。
 そんな姿を目前にして曽良は両眉をしかめた。
「何を言っているんですか。僕だってしているでしょう」
「どのタイミングでしてるっていうんだよ!?」
「『……芭蕉さん、本題はまだですか』」
「……だから、『君から先にト○ビアみたいなことを言い出したんだろ』! 曽良くんはなんか……なんかこう、ズレてるんだよッ……いいかっもう、ポジション的にもツッコミ役を引き受けるべきなのは明らかに曽良くんの方なんだからね! そしてツッコミっていうのはなあ!」

 するとそこには何となくもやもやとした、タイミングと都合のいいイメージ(元禄二年・芭蕉調べ)が浮き上がってくる。



『憲法をすべてカレーで味付けしようと思うんだ。具体的にはことあるごとに『カレーの』という言葉を混ぜていく……ちなみに漏れなく甘口』
『なんでやねん!』



「と、こんな感じね」
「なんでやねんはないでしょう」
「そっちの方が柔らかいだろ!」
「他人様の会話を捏造するのもどうかと思います」
「だ、だいたい曽良くん厳しすぎるんだよ……! ズレてるのに厳しいから私は痛い思いをするし、その上むしろなんでやねん、とかこっちから言いたい気持ちにもなるし……」
 身振り手振りを交える芭蕉の訴えを、曽良は腕組みの体勢で聞き流している。
「芭蕉さんがおかしなことを言うからです。厳しくするのも仕方のないことでしょう」
「するならするで、もっとストレートにツッコんでくれよ! あっでもあんまりイタくはしないで……とにかく、役割をしっかりと分けよう。曽良くんはズレることなく、厳しすぎることもなく、私にツッコむ。これでいいじゃないか」

 いつの間にやらずいぶんと自信のある様子で、訴えのための言葉はひとまず落ち着いた様であった。
 本日の芭蕉はやけに退かない。桜の香りからもたらされるという、不安感を取り除く効果が関係しているのかもしれない。

「ご自分のことをボケだと認めましたね」
 ところが曽良の見せる態度はあくまでも淡々としたものである。そこに桜の香りは特に関係しておらず、ただ常日頃のことでしかないのだった。
「ボケとらんわい!」
「……という、今のそれはボケでしょう」
「……ま、まあね? ツッコんでみる?」
 じとっと半ば睨まれつつも、退こうとはしない本日の芭蕉である。フフンとばかりに余裕のありそうな笑みなど浮かべて、曽良を挑発してしまうこの有り様だ。


 しかし本日の芭蕉には、今や本当に燃える自信が抱かれているのだった。
 何故ならば曽良に『手刀の一つでもかましてやろう』などと言いたげな気配が見られないためである。
 彼はそれなりに大人しくしている。つまるところ、少なくともたった今に芭蕉がした『提案』に対して、まんざら反対であるというわけでもないのだろう。無駄なことかもしれないと感じられても、現実には口へ出してみるものだ。
 芭蕉は自分に勇気をくれた、かも知れないしそうでもないかも知れない、ただの桜の木へ内心にて感謝をした。

「それではツッコみます。芭蕉さんのご要望にも応えてやりましょう」
「そう、そうだよ! 解ってくれたんだな、曽良くんッ……!」
 感極まって芭蕉は瞳を潤ませた。
 ここに彼らの、新たなるギャグのかたちが誕生しようとしている。




 そうして曽良は芭蕉にツッコんだ。
 ズレることなくストレートに、かつ程々に厳しく、言わばまあまあ痛いのではないかといったさじ加減でもって。曽良は芭蕉に。確かにしてツッコんだのである。








「うっうっ……」

 連れ込まれてしまった宿の一室、暴れたがために滅茶苦茶に乱れた布団にくるまって芭蕉はしくしくと嘆いていた。

 声色は既に嗄れかけていた。昨夜はとにかく散々に泣き喚いてみたものである。しかしながら曽良の手配は実に完璧と呼べるに近しく、どれだけ喉を振り絞っても助けを呼び出すことなどは叶わなかったのだ。
「旅の道中は身軽ですから、やろうと思えばすぐに至れるところが楽で良いですね」
「ひっき、ひっく、どっどうしてぇ……桜どころか私の花を散らすんだよーっ! は、はじめてだったのにっ……」
「花とは図々しいことを言いますね。それに僕は芭蕉さんのリクエストの通りにやりました」
「こんなんリクエストしとらんわい!」
「桜の花粉のせいでしょう」
「そ、そんなの……そんなのまるで獣じゃないかーッ」


 気の毒なことに芭蕉はこの歳にして花を散らしてしまったのである。ついでに皮膚の表面などにもずいぶんと花弁が散らされていた。
 それなりの好き勝手をして、痕もしっかりと残していった張本人であるところの曽良は、布団の横で半ばまで着衣を済ませて芭蕉の着物を弄んでいる。現在は最後にはぎ取った下帯を、拾い上げ無表情に突ついている様子であった。


「僕が獣だというのなら、その僕と最後まで交わった芭蕉さんも獣ですね……さっさと下の処理をしないと腹を壊しますよ」
「服! 返せよ!」
「全裸のままでなければ始末できないでしょう。まずは布団から出てきたらどうですか」
「ふ、服がないからっ……出られないんだよっ」
「だから、服を着てしまったら始末できないと言っているでしょう。……と、このように僕はきちんとツッコんでいますよ、芭蕉さん」
「違うっ! 違うっ私が言いたかったのは……言いたかったのが……こ、こんなんで堪るかぁ、ふっ、ひっ、あううぅぅ」
「さっさと掻き出してしまわないんですか。いつか孕んでも知りませんけど」

 孕むわけがなかった。
 しかし彼らがボケとツッコミの関係性に我が身を投じるべきギャグの世界の住人であるからには、あながち決してそうでないとも言いきれないのであった。いつの日かにはそういった出来事もあるのかも知れない。





 とにもかくにも、かくしてふたりの間には実に大きな変化が生じたということになる。
 宿の外では見頃を過ぎた桜の花弁が曇天の風に踊っていた。













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