ふうと息吹けば、白色が煙のようにのぼっていく。芭蕉庵の庭はひどく肌寒かった。


「曽良くん、寒そう……」
「芭蕉さんは枯れそうですね」
「枯れてたまるかっ!」
 厚着をしてもどうにもならない。趣のある冬景色には、多くの場合この苦しみが付きまとう。
「それにしたって、私も寒いなァ。温石でも作ろうか?」
 石を熱して布に包めば、その余熱が暖となって火の代わりをするのだった。
「灰の懐炉はありませんでしたか」
「ないけど。今んとこ」
「用意の悪い……」
「なんだよ、図々しいぞっ! ……そんなに言うのなら買いに行くけど。だったら、曽良くんのも買うんだから曽良くんも来てくれよね」
「面倒なのですが」
「私だって面倒くさい」
「まったくですね」
「まったくだよ!」
 芭蕉は冷えた両掌をぎゅうと閉じて、強く鼻息を漏らした。
 すると曽良はその握りこぶしの、片方へと自らの手をあてて包み込む。

「……つめたッ!」
「少しだけマシになりました」
「たたっ冷たい、ちょっとこの、曽良くんっ! 持ってくな! 私の体温を断りもなくッ」
 その手の甲の滑らかな皮膚は曽良よりも老いてしかし、曽良の掌と比べいまだ高い熱を保っている。
 触れればすぐさま両者の間に伝わるものだ。
「断れば、いいんですか」
「ひーっギュッと掴まんでぇ! 寒い! 曽良くんの手ぇ、さ、さむいーっ」
「しかし子供でもないというのに随分と体温の高いようですが……」
「じゃなくて君が低いんだろっ?」
「手の冷たさは心の温かさと比例するんだそうですよ」
「マジ!? 信じられんッ……あ、あ。でもなんか、段々あんまり冷たくなくなってきた……」
「感覚が中和されたんでしょう」
「そうかぁ……っていうか、最終的には君のせいで私の手の甲がすっかりと冷えただけじゃないか……コレって」
 不満げな表情を浮かべる芭蕉から、曽良はついっと視線を外した。
 皮膚は未だに重なっている。離れぬままで、冷たい外気を吸い込み続ける。

「ああー……でも。まぁ、いいか」

 不意に、芭蕉が言葉を漏らす。繋がりのないことをひとり呻いて、それから曇り空を見上げた。
「そうですか」
 曽良もまた、外した視線をそのままに、返す。
「……いいんだ。いいことにする」
「そうですか」
「……雪なんか降るかなぁ」
「どうですかね。これだけ寒ければ、来るかも知れません」
「そしたら曽良くん、雪かき手伝って」
「嫌ですけど」
「……あーあー。だろうと思ったよーっ」


 ふうと息吹けば、白色が煙のようにのぼっていく。

「ねえ。温石でも作ろうか」
「もう結構です」
「あっそう」
「ええ」



 芭蕉庵の庭はひどく肌寒かった。
 そうした中で芭蕉の手の甲はまたも静かに冷やされる。纏われていたはずの体温は、熱の柔波にかたちを変え、そこに重なるものへと流されていく。













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