(曽芭 ※ パロディ)




 口づけることを許されたので、欲情にしたがってその通りにする。

 一日目は手の甲にだけ。二日目は額の上にだけ。
 それらは何をも実らせない。生み出すけれども、はじけさせてしまう。
 三日目は片の頬にだけ。四日目は唇にだけ。
 それらは何をも実らせない。生み出すけれども、あとには黙する熱しか残さない。
 五日目は両の瞼にだけ。六日目は掌にだけ。
 それらは何をも実らせない。生み出すけれども、しかし手には入らなかった。


 ほんのそれだけしか許されない。ほんのそれだけが許される。
 許されたので、欲情にしたがってその通りにする。
 けれども、もしも。
 彼が一切を許してはいなかったとしたなら、どうだろう。
 手の甲にすら首を横へ振り、受け入れることをしなかったとしたら。

 それでも。
 七日目には腕に。首に。そのほか、彼の。すべてへ。
 それらは何をも実らせない。
 実らせない代わり、永遠に花開き続けるだろう。


 もしも彼が、手の甲への口づけにすら、首を横に振ってみせたのだとしても。
 だからといって結末を違えることは有り得ない。

「芭蕉さんの言うことなんか、聞くわけないでしょう。僕が」
「ああ……無駄だろうなぁ。絶対に」
「解っているから、受け入れたんですか」
「仕方なく、ってこと? だったら……まさか。違うよ」
「では」

 口づけることを許されなかろうが、欲情にしたがってその通りにする。

「では、なぜ?」
「聞くかな。そんなこと」
「いま聞きました」
「そう、だけどさ。いや、そうじゃなくて……本当にいやなら、とっくにいやだって言ってるよ。無駄だって解っててもたぶん、諦めないだろうよ。私は」
「…………、あぁ」


 狂気だけはとうに、ふたつも結実しているので、だからあとには何も実らないのだった。












(曽芭 ※ パロディ)




「僕が死んでも代わりはいるんで」
「でもさ、君が死んだときに私が流すはずの涙は? 出ちゃったらもう戻ってこないんだから、代わりがいないよ」
「それは芭蕉さんが泣き虫だからいけないんでしょう」
「泣きどころを知ってるって言えよな……」
「では、その泣きどころを見ておきたいので。ひとまず死ぬのはやめにします」
「フクザツだ」
「複雑で結構」


 あるいは、僕が死んだなら。
 そのときあなたは、どうか、どうにか、逃れることから逃げないように。












(曽芭  パラレル




 昔むかし、あるところで一匹のとうがらしが恋をいたしました。


 とうがらしは迷うことのない性分でしたから、すぐさま相手の男のところへ駆けていって、このように声をかけました。
「どうぞ僕のことを、あなたのお腹のいちばん底へ入れてください」
「……そんな風に言われたって」
 相手の男は困ってしまいました。
「私、からいものが苦手なんだよ」
 とうがらしの気持ちを、嬉しいと思わなかったわけではありません。むしろ無駄にはしてやりたくないと感じています。
 しかし男は、舌をぴりぴりと痺れさせてしまう、とうがらしの悪癖を知っていました。とはいえそれは、とうがらし自身にとっては、どうしようもない、捨て去ることのできない性質なのです。

 それに、心配事はもうひとつありました。
「君のことを食べてしまったら、きっと粉々になるだろう。そうしたら元には戻れない」
 とても美しいとうがらしが自分のために粉々になるのだと思うと、男はひどくかなしくなりました。けれどもそれは、とうがらし自身にとっては、どうしようもなく、望むべき幸福なのでした。
「そんなのは、いやだ……」
 とうがらしの気持ちを、嬉しいと思わなかったわけではありません。むしろ無駄にはしてやりたくないと感じています。
 ぴりぴりと痺れてしまうほどにからいのだと解りきっていても、我慢をすることはできるでしょう。受け入れてやることが、できないわけではないでしょう。受け入れてやりたいと思います。しかしそうしたら、一緒には歩いていけなくなってしまうのです。
 だからこそ男は困ってしまいました。
 どうしようかと、とうがらしの姿を見つめます。


 一匹のとうがらしが、男に恋をいたしました。
 そうして男も、今ではとうがらしに恋をしていました。


「それでは、このようにしましょう」
 しばらくは黙っていたとうがらしですが、男に向けてようやく口を開きます。
「あなたは僕のことをその口の中へ入れて、そのまま噛まずに呑み込んでしまいなさい。そうすれば、からいということが分からないでしょう。粉々にしてしまうこともないでしょう。そうしたら僕は、あなただけのとうがらしとして、僕であるまま、どこへでも一緒にいくことができます」
「本当に?」
「ただし、ご覧の通りです。僕のからだはとがっています。あなたの内のやわらかな部分を、ちくちくと打ってしまうかもしれません。突然とても熱くなったりして、びっくりさせてしまうかもしれません」
「あ……」
「僕であるままの僕と一緒に、あなたが過ごしてくれるのだったら。僕はこの身と魂に誓って、あなたのために、できることをやりましょう。あなたのためだけに、やりましょう。しかしそれでも、僕はこのようなとうがらしです。あなたには我慢をさせてしまいます。それでも、いいのですか」

 そうして、とうがらしの言葉が終わると、今度は男の方が黙ってしまいました。
 男も、今ではとうがらしに恋をしていました。
 それだから彼は、心の底から悩まなければなりませんでしたし、彼自身の自由でもって、この先の道を選ばなくてはなりませんでした。
 とうがらしも黙って、黙ったまま、男の差し出すこたえを待っています。男の向かい側にちょこんと座って、いつまででも待ち続けてやるつもりでした。


 

やがて。



 昔むかし、あるところで一人の男が悲鳴をあげました。
「あつい! お腹、あっつい!」
 気の済むまで叫んでから、今度は自分のお腹へ向かってぽつぽつ文句をこぼします。
「いたいよっ、ひどいよっ」
 しばらく待つと、男のお腹のいちばん底から、呆れたような声が聞こえてきました。

「少しは我慢してください。とっくに知っているでしょう? あなたのお腹の真ん中には、とうがらしが生きているんですから」












(芭曽 ※ パロディ)




「……馬鹿やってんじゃないですよ」

 結構な勢いで蹴り飛ばされたかと思うと、吐き捨てられたのがそれだった。
「またやったんですね。芭蕉さん」
 『また』の部分に強調が重ねられる。普段から涼やかに冷たい視線も、いよいよ氷点下の限界に達し、むしろ豪熱を抱いてまいりましたという様相だ。鋭く芭蕉を射貫き続けている。
 心当たりが、あるかといえば。有った。
「ま、また、って……なにを? そうだなたとえば、盗み食いとか?」
 しかし芭蕉のその懐柔、は、曽良の神経を逆撫での方向へ導いたようである。
「盗み食い……それがモノの例えだというのなら、上手く言ってやったつもりですか。芭蕉さん」
「べッ! べつにぃ、そんなことはちっとも……!? 違うんなら、それじゃあナニ、かなあ、ねえ」
「心当たりのある顔ですね」
「ないないないよ、あってたまるかって! ば、バカ言ってんじゃないぞう?」
「お前こそ言うな!」
 蹴り飛ばされたままの体勢で地に伏していた芭蕉は、今一度、ひっぱたかれた。

「どうせ、『また』若い子なんでしょう。手慣れているのが面白いからといって遊ばれているんです。解りませんか? かわいそうなおっさんですね」
「……なんだよ曽良くん、もてない男の方が好きなの。だったら考え直したっていいけど」
「誰が趣旨替えの話をしてるんですか」
 本当にかわいそうな男だ。などと低く呟く、曽良の整った唇とて、いつまでも瑞々しく歳若い。
 それが『若い子』などと高飛車に紡ぐのだから、ひどく色めいて芭蕉の胸を疼かせる。
「大目に見てよ。ちょっとぐらい」
「開き直るな。腹立たしい」
「ここまで一緒に旅してきた仲じゃないかぁ」
「……なんなら、やめてもいいんですよ」
「えッ、曽良くんも他の男つかまえるの!? 俳聖そんなのいやっ」

 すると、あなた心から最低ですねと返す声色の厳しさは、加虐に色濃く昂っている。たとえ今から両手をついて謝ったとしても許してくれそうにはなかった。
 これはおそらく濃厚な『断罪』になるだろう。












(遣隋使)




 遠い昔のことだった。遠い昔の頃なので、開発やら環境汚染やらの影響によって大自然の寿命がどうのこうの、などという概念も、未だに生まれてはいないのだった。

「妹子やーい。木材の調達を手伝ってくれ」
「なんのためにそんなことするんですか、太子」
「法隆寺を立て直すんだよ。私ひとりじゃ無理だったから妹子はすみやかに協力しろ」
「無理だったんですか。なぜ、すでに挑戦してしまったんですか」
「このような結果になったけど?」
「どれどれ…………あんたこれ犬小屋じゃねーか!」
「ワンちゃんがたくさん寄ってくるんだ。しかしちっとも出て行ってくれないから、アイテッ、いま噛まれた!」
「乗っ取られている……」
「だから新しい法隆寺を作ろうと思うんだ。法隆寺ブイ3」
「1号と2号のことはもう忘れてください」
「ぜったい忘れん。この胸に生き続ける」
「……だいたい、人を雇って任せておくとか色々あるでしょう。そんなもん」
「いやだい! 自分で作りたいの! 妹子を見返してやりたいの!」
「じゃあ僕に手伝わせようとすんな! それに木材って、いったいどこから調達してくるつもりなんですか……ふたりじゃ大したもの運べませんよ?」
「そのへんに引っこ抜きやすそうな木はないかな……」
「あってたまるか」
「ああっ、ホラ見ろ。あんなところに早速あったじゃないか」
「探さないでください見つけもするんじゃない! ……まだまだ細くて若い木じゃないですか、太子、あれじゃあ木材にはなりませんっての」
「ちくしょう……妹子だって若造のくせに。口答えがかわいくない」
 若木も育てばいつの日か、立派な大黒柱として輝くだろう。しかし彼らが延々と口喧嘩など楽しんでいるうちには、長い歴史を彩ることとなる偉大な木造建築も、息吹くことすら始められないままなのであるが。












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