○カップリングではない(つもり)ですが、シリーズ越境ものです
○フィッシュ竹中+蘇我入鹿
太入前提
○過去を大幅に捏造
ある種の死にネタ(年代設定上)、および物騒な表現を含みます















 本当は、その男のことを殺してしまおうと考えていた。



 便宜上ひとまず男と呼ぶ。身体の八割程度については『明らかに人間の男性である』と言えるのだから、男と呼んで構わないだろう。
 けれども、ただの男ではない。男の後頭部には髪の毛と一緒に魚のからだがくっついていた。細身の身体の二割、程度は魚であった。ヒトの頭部をもった魚に、ヒトのからだの首より下をくっつけた様だと言ってもよい。

 殺してしまおうと考えていた。気の迷いでもなんでもなく、蘇我入鹿はそのつもりでいた。
 男とは、親しい間柄ではない。だからといって仲の悪いというわけでもない。その姿と呼ばれ名は知っているけれども、それ以上のことを理解しているわけではないのだ。入鹿にとってその男は、初対面の瞬間から常に『よく解らない存在』であり続けるものだった。


 親戚に愉快なおっさんがいた。そして男は、愉快なおっさんの友人だった。おそらくは友人だった。
 だから、幼かった頃の入鹿に男のことを紹介したのも、その『おっさん』だった。
 おっさんにも、そして男にも何の悪気も悪戯心もなかったのだが、入鹿は泣いた。未知の存在を受け入れるためには、当時の入鹿は幼くそして繊細に過ぎた。こちらも決して悪気があって泣き出したわけではない。
 誰にも悪気がなかったというのに、ちょっとした騒ぎになってしまった。するとすぐさま飛んできたのは、おっさんのお気に入りであったところの遣隋使だった。遣隋使はやや狼狽えるおっさんから、続いてまあまあ落ち着いた様子の男からそれぞれ事情を聞き出すと、入鹿のことを抱き上げて慰めながらに連れ帰ってくれた。
 その後、騒ぎを聞いて駆けつけてきた祖父に引き渡され(入鹿の祖父は寡黙にして冷徹な人間だったが、孫のことだけは駄目になるほど甘やかしていた)、泣くのに疲れて眠ってしまって、入鹿のその日に関する記憶はそこで途切れている。
 
 初対面からこの体たらくだ。更にこの後、親しく交わったわけもない。きっかけもないままに時が経って、入鹿は成長し、愛しい祖父は勿論のことおっさんや遣隋使にも同じだけの時が流れた。
 けれども、入鹿は知っている。親しくなったわけではないが、時にはその姿を見かけたものだから、よく知っている。男には時が流れていない。いや、流れてはいるのだろうが、若い男のその姿を保ったままで、流れ続ける時間の中を泳いでいる。


 入鹿はその男を、殺してしまおうと考えていた。
 なぜかといえば彼が『よく解らない存在』であるから、そのために。
 ではない。
 愉快なおっさんと、聖徳太子と実に親しい男であったからだ。かつ、その正体が定かではなく、あるいは何を起こそうものか解らないからだ。
 聖徳太子はもういない。遣隋使だった小野妹子もいないし、祖父である蘇我馬子もいなくなってしまった。時間というものは容赦をしない。けれども男は、彼だけは、その流れによって呑まれることなく、今でも時には入鹿の視界に姿をあらわす。

 例えば他の誰に問うても、冬場に川を泳いでいるような男の姿など見たこともありません、と言う。
 しかし入鹿はそんな男の姿を見ている。それは決して冬に限らず、春であったり、夏であったり秋であったりもする。
 男は入鹿と視線が合うと、曖昧に微笑みかけてくる。入鹿はむっと視線を逸らす。言葉の交わされることはなく、触れ合いのうちにも数えがたいような、そんなやり取りの繰り返しをしていた。
 男と親しいわけではなかった。なかったというのに、彼は入鹿にばかり、その不可思議な姿を隠そうとしない。


 もう繊細な子供ではなく、臆病な大人として育ちきってしまっていた入鹿は脅えることこそしなかったが、しかし恐れた。男があるいは己の敵にまわるのではないかと考えた。なぜかといえば彼は愉快なおっさんと、聖徳太子と、実に親しい男であったので。
 だから本当は、その男のことを殺してしまおうと考えていた。そのようにするつもりだった。いつの日か。近いうちに。






「でも、やめることにした」
 と、ぶっきらぼうに語りかけられ、男は小さく首を傾げた。濡れたうろこが陽光を浴びてきらりと輝いた。

「やめることにしたんだ。あんたのことを殺すのは」
「私は……殺されるところだったのか」
 どうやら、そのような未来などは考えてもいなかったらしい。それとも老いを知らない存在にとっては、死という感覚すらもたいした意味をなさないのだろうか。首を傾げて返してやりたいのはむしろ自分の方だ、と入鹿は思う。
「それはひどいな。君のことは赤ん坊の頃から知っているのに」
「……そうかよ。オレは知らなかった」
「太子に誘われて、いろいろと覗き見をしたものだ」
「おっさんアノヤロウ! ……と、とにかくそういうことだからな。あんたがオレに何もしてこない限りは、オレもあんたに何もしない」
「私が君に何をするというんだ」
 男はなおも、平然とした様子を崩そうとしない。いったい何のことやらとでも言いたげだ。
「泣かせたことを根にもっているのか?」
「覚えてるんじゃねーよ、そんな昔のこと……」
「そんなに昔だったかな。だったかもしれない」
 ひとりで納得して小さく笑むと、男は足まで浸かっていた池に、するりと肩まで潜り込んだ。
「そうだな、どうやら私は嫌われているようだった。だからきちんと話をしてくれたのは……はじめてだな。どうして?」
 どこか楽しげに問いかけてくる。

 そういえばそうだった。この男を相手にまともな会話なんてしたことはなかった、という事実を、入鹿は今さら思い返した。仕方のないことだった。入鹿はいつだってこの男から逃げ回っていたし、視線を向けられれば応じずに、ふいと両目を逸らしてきたのだから。
(……どうしてって?)
 理由として語るべきことは、あるといえばあった。ないといえば、ない。

「……些細なシンキョウのヘンカだよ」


 ぼんやりとした言い方をして誤摩化す。しかし、その言葉が偽りであるというわけではなかった。

 男は未知の存在だった。聖徳太子とは親しい仲で、どうやら時間の流れに逆らっていて、入鹿にとってはいつまで経っても『よく解らない存在』だった。
 今や大人に育った入鹿は立派な権力の持ち主だった。その男の存在が、あるいは重大な問題として立ちはだかるかも知れないと考えていた。現実的な問題として、考えるまでに至っていたものだ。
 しかし実際のところ、現実はもっとめちゃくちゃで、いい加減なものだった。あのおっさんこと聖徳太子ほどに『めちゃくちゃ』ではなかったが、信じ難いことが幾つも入鹿をおそった。

 自分が自身で思っていたよりかもずっと無能であったことを知った。だからといって、落ち込むあまり無気力になるほどの無能であったかというと、それほどではなかったことも知った。
 時間の流れを無視する男よりか、もっとよく解らないものを抱いた人間たちと知り合った。
 彼らは入鹿が見たこともないような服を着ていて、考えたこともないような形の船に乗っていた。不可思議な道具をさまざまに差し出してきて、よく解らない理屈で試すような真似をして、入鹿が挑戦に失敗すると欠片ほどの遠慮もなくけなした。
 一年につき、一度限り。彼らはどこからともなくやって来て、入鹿に何事かの挑戦をさせた。
 つい先ほどにもやって来た。そして、帰っていった。

 彼らが入鹿のもとへ訪れることは、もうこれっきり無いのかも知れなかった。最後の最後で入鹿はひとつ、ひとつだけ、彼らからの要求を成し遂げたのだけれども。
 あんなにも『めちゃくちゃ』な現実はやはり、もうこれっきりで終わってしまうのかも知れなかった。


 魚頭の男にも劣らぬその未知は、老人と子供の姿をしていた。どちらとも入鹿のもつ権力に媚びてはこなかった。子供はとてもきれいな目をしていて、それなのにひどい言葉ばかりを口にするのだった。ところが入鹿はそれに焦がれた。その感覚もまた、未知のものであった。
 だから入鹿は考え直したのだ。そんな彼らを受け入れてしまおうと思えば、いつでもやさしい微笑みばかりを自分に対して向けてきたこの男の、いったい何が恐ろしいというのか。

 新しい理屈は驚くほどにすんなりと入鹿の体内を通り抜け、男に対する泥のようなこだわりをも洗い流していってしまった。
 本当は、その男のことを殺してしまおうと考えていた。先ほどまではそのつもりだった。今はもうやめた。今さっき、やめることにした。



「……ああ、そうだ。単に気が変わったんだ、オレは」
「ところで、この川は思っていたよりも深いようなんだが……」
「聞けよ」
「今日はまだ溺れていないんだ。その辺りをしっかりと理解しておいてくれよ、イカロス」
「入鹿だよ!」



 やめることにした。やめることにしたので、彼に対してそれを伝えにやって来ただけだ。
 おっさんにも遣隋使にも関係なければ、入鹿を甘やかすくせだけは直らなかった祖父にも関係がない。少年にもないし、老人にもない。流れていく時間の容赦のなさにも。この世界のあらゆる不可思議にも。何にも関係のないことだ。
 魚頭のこの男とそして、入鹿自身にのみ関わりのある約束なのだ。
 だから入鹿は護衛のひとつもつけていなかったし、頭上に広がる太陽の光は憎たらしいほどに眩しかった。男との会話は早々に切り上げ、屋根のある場所にでも移ってしまいたいと考える。


 それでも入鹿は自由だった。時の流れを無視するものと同じぐらいに、あるいは逆流するものと同じぐらいに、限りはあるけれども晴れ晴れとして、いま。
 今は、自由なままでいた。














○そしてこの纏まりのなさ
 入鹿妄想を詰め込んでしまいました。
○遣隋使関連のキャラクターと入鹿さん(捏造)・その後の彼らと入鹿さん(捏造)・はかせと太一と入鹿さん
 入鹿とイカロスって似てる・名前の響きだけじゃなくて、なんだか……


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